
駅舎の記憶
青年は久しぶりに故郷の町へ戻ってきた。かつての面影はほとんどなく、
駅へと続く道もすっかり変わってしまっていた。
しかし、一つだけ変わらないものがあった。
それは、廃線となった鉄道の駅舎だった。
駅舎は記念館として残され、今は町の歴史を伝える役割を果たしている。
青年は戸口に立ち、静かに息をついた。まるで時間が巻き戻るように、彼の記憶が蘇ってくる。
あの頃、彼の青春はこの駅と共にあった。
列車の音、ホームに立つ彼女の姿、そして、出発のベル——
彼は彼女とともに何度もこの駅を訪れた。二人で並んで切符を買い、
肩を寄せ合いながら列車を待った。鉄道は彼らをどこへでも連れて行ってくれた。
近くの海へ、山へ、そして夢へと。
しかし、鉄道が廃線になると決まったとき、彼女も突然いなくなった。
「遠くへ行くの」と、彼女は最後にそう言った。
それ以来、彼は彼女の行方を知らない。
青年は駅舎の中へと足を踏み入れた。壁には古い写真が飾られ、
かつての賑わいが写し出されている。
その中には、彼が知る景色もあった。駅員の姿、乗客たちの笑顔、そしてあの列車……。
展示の片隅に、小さなノートが置かれていた。
「ご自由にお書きください——かつての駅の思い出を」
青年はペンを取り、そっと書き記した。
『君は今、どこで何をしているだろう。元気だったら、それでいい。』
ペンを置くと、ふと風が吹き抜けた。
駅舎の窓の向こうには、もう走ることのない線路跡が続いている。
彼はしばらくそこに立ち尽くし、目を閉じた。
列車の音が聞こえた気がした。
それは、彼の青春の残響だった。
コメント